ATM遺伝子とは
ATM遺伝子(Ataxia-Telangiectasia Mutated)は、がん抑制遺伝子の一つで、主にDNA修復に関与しています。ATM遺伝子は、DNAの二重鎖切断(DNAの両方の鎖が切れる損傷)を修復するために非常に重要な役割を果たし、DNA損傷が検知されると、細胞周期を停止させて修復を促進するシグナルを伝えます。もし修復が不可能な場合には、細胞をアポトーシス(計画的細胞死)に導き、異常な細胞の増殖を防ぎます。
ATM遺伝子の機能
ATM遺伝子によって作られるATMタンパク質は、DNA損傷応答(DDR)における中心的な役割を果たします。具体的な機能は以下の通りです。
- DNA損傷の検知: DNAが損傷を受けた場合、ATMタンパク質がそれを検知し、DNA修復を促進するシグナルを発します。
- 細胞周期の停止: 損傷が修復されるまで細胞の分裂を一時停止させ、損傷が伝播するのを防ぎます。このプロセスでは、ATMは細胞周期をG1期やG2期で停止させる働きがあります。
- DNA修復の促進: ATMタンパク質は、DNA修復に必要な酵素や他のタンパク質を活性化し、二重鎖切断などの重大な損傷を修復します。主にホモロガス組換え修復(HRR)という高精度な修復経路を促進します。
- アポトーシスの誘導: 修復不可能な場合、ATMは細胞死(アポトーシス)を誘導して、異常な細胞が増殖するのを防ぎます。これにより、がんの発生を抑える役割を果たします。
ATM遺伝子の変異と関連疾患
ATM遺伝子の変異は、DNA修復能力の低下を引き起こし、がんの発生リスクを高めます。特にATM遺伝子に関わる代表的な疾患として、毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-Telangiectasia, A-T)があります。また、ATM遺伝子の変異は、乳がんや前立腺がん、膵臓がんなどのがんリスクも増加させます。
1. 毛細血管拡張性運動失調症(Ataxia-Telangiectasia, A-T)
- 概要: A-Tは、ATM遺伝子の両方のコピーに変異がある場合に発症する稀な遺伝性疾患です。この疾患は、神経系、免疫系、およびDNA修復機能に影響を与えます。
- 症状:
- 幼少期に運動失調(協調運動の障害)が現れ、歩行やバランスに問題が生じます。
- 免疫不全があり、感染症にかかりやすくなるほか、放射線感受性が高くなります。
- 皮膚や眼の血管に拡張が見られ、これが「毛細血管拡張」と呼ばれます。
- がんリスクが非常に高く、特に白血病やリンパ腫のリスクが増加します。
2. がんのリスク増加
ATM遺伝子の変異は、DNA修復機能の低下を引き起こし、がんの発生リスクを高めます。以下のがんで特にリスクが高いことが知られています。
- 乳がん: ATM遺伝子の変異は、乳がんのリスクを高めることが確認されています。特に、遺伝性乳がん症候群においてはBRCA1/2遺伝子の変異と共にリスク要因となります。
- 前立腺がん: ATM遺伝子変異は、前立腺がんのリスクも増加させます。
- 膵臓がん: ATM変異は膵臓がんのリスク因子でもあり、家族性膵臓がんとの関連が指摘されています。
ATM遺伝子変異の診断と治療
ATM遺伝子の変異は、遺伝子検査によって診断することが可能です。特に、がんのリスクが高い家系では、ATM遺伝子の変異を確認することが推奨される場合があります。
- 診断: 遺伝子検査により、ATM遺伝子の変異を特定し、家族性がんのリスクを評価します。また、毛細血管拡張性運動失調症(A-T)の場合は、早期の症状や運動障害の確認により診断が行われます。
- 治療:
- 毛細血管拡張性運動失調症(A-T)の場合、根治療法はありませんが、免疫不全の管理やがん予防のための定期検査が行われます。
- がん予防: ATM変異がある患者に対しては、乳がんや前立腺がんなどのリスクが高まるため、早期発見のためのスクリーニング検査が推奨されます。
- がん治療: ATM遺伝子変異が確認されたがん患者に対しては、標的療法(例:PARP阻害剤)や個別化医療が検討されることがあります。
まとめ
ATM遺伝子は、DNAの二重鎖切断の修復を行うことで、細胞の正常な成長や分裂を促進し、がんの発生を防ぐ役割を果たしています。しかし、この遺伝子に変異が生じると、毛細血管拡張性運動失調症(A-T)の発症や、乳がん、前立腺がん、膵臓がんなどのリスクが増加します。ATM遺伝子の機能不全が原因で発症する疾患に対しては、遺伝子検査による早期診断や、予防的な治療戦略が有効です。