低ゴナドトロピン症とは
この記事の概要
低ゴナドトロピン症(Hypogonadotropic Hypogonadism)は、脳下垂体や視床下部の異常によってゴナドトロピン(LHおよびFSH)が十分に分泌されないため、性腺(卵巣や精巣)の機能が低下する疾患です。この結果、性ホルモン(エストロゲンやテストステロン)が不足し、性成熟や生殖機能に異常が生じます。低ゴナドトロピン症は、視床下部-下垂体-性腺軸の障害によって引き起こされるため、「中枢性性腺機能低下症」とも呼ばれます。
1. 低ゴナドトロピン症の特徴
低ゴナドトロピン症の主な症状は、性ホルモン(エストロゲン、テストステロン)の低下に関連し、性腺機能不全、思春期遅延、無月経、不妊などが含まれます。
男性の症状
- 性腺機能低下:精巣が発育せず、テストステロンの産生が低下します。
- 思春期遅延:声変わり、筋肉の発達、陰毛の発生などの二次性徴の遅れが見られます。
- 精子形成の不全:精子の生成が不十分で、不妊が起こることがあります。
- 性欲低下、筋力低下:テストステロンの欠乏により、性欲の低下や筋力の減少が見られます。
女性の症状
- 性腺機能低下:卵巣が発育せず、エストロゲンの分泌が不足します。
- 思春期遅延:乳房の発達、陰毛の発生などの二次性徴が遅れます。
- 無月経:月経が始まらない(原発性無月経)、あるいは停止する(続発性無月経)。
- 不妊:排卵が起こらないため、自然妊娠が困難になります。
2. 原因
低ゴナドトロピン症は、視床下部-下垂体-性腺軸の異常によって引き起こされます。視床下部からのゴナドトロピン放出ホルモン(GnRH)が不足したり、下垂体がゴナドトロピン(FSHおよびLH)を十分に分泌しないことが原因です。これには遺伝的要因と後天的要因があり、遺伝子変異に基づくものや脳下垂体の損傷が関与します。
2.1 遺伝的要因
- カリマン症候群(Kallmann syndrome)
- カリマン症候群は、低ゴナドトロピン症の中で最も一般的な遺伝性疾患で、視床下部からのGnRH分泌の欠如により、ゴナドトロピンが十分に分泌されません。また、嗅覚の異常(嗅覚消失)も特徴の一つです。主にKAL1遺伝子やFGFR1遺伝子の異常が関与しています。
- KAL1遺伝子:KAL1遺伝子の変異は、GnRH神経の発達と嗅覚神経の発達を妨げ、低ゴナドトロピン症と嗅覚異常を引き起こします。
- FGFR1遺伝子:FGFR1遺伝子の変異も、GnRH分泌に影響を与え、同様の症状を引き起こします。
- GnRH受容体遺伝子(GNRHR)変異
- GnRH受容体(GNRHR)の変異は、GnRHが正常に分泌されていても、下垂体が適切にゴナドトロピンを分泌できない状態を引き起こします。この結果、LHやFSHが不足し、性腺機能が低下します。
- PROKR2遺伝子およびPROK2遺伝子
- PROKR2およびPROK2遺伝子の変異は、GnRH神経の発達に影響を与え、低ゴナドトロピン症を引き起こすことがあります。これらの遺伝子は、カリマン症候群に関連することが多いです。
- CHD7遺伝子(CHARGE症候群)
- CHD7遺伝子の変異は、視床下部-下垂体軸の形成に影響を与え、低ゴナドトロピン症を引き起こす場合があります。この変異は、CHARGE症候群に関連し、他の身体的異常も引き起こすことがあります。
- LEPおよびLEPR遺伝子
- LEP(レプチン)やLEPR(レプチン受容体)の遺伝子異常は、視床下部からのGnRH放出が抑制され、性腺機能低下を引き起こすことがあります。これらの遺伝子は、エネルギー代謝や食欲調節にも関与しており、重度の肥満を伴うことがあります。
2.2 後天的要因
- 頭部外傷や脳腫瘍:
- 頭部の外傷や脳下垂体に影響を与える腫瘍(例:プロラクチノーマ)は、視床下部-下垂体軸の機能を損なう可能性があり、これによりゴナドトロピンの分泌が低下します。
- 慢性的な疾患や栄養不良:
- 慢性的な疾患(例:慢性腎疾患、糖尿病)、過度なストレス、極度の栄養不良(食事制限、摂食障害など)も、GnRHやゴナドトロピンの分泌を低下させる要因となります。
- 薬物:
- 長期間のステロイド使用や特定の薬物(抗てんかん薬、抗精神病薬など)は、ゴナドトロピン分泌を抑制することがあります。
3. 診断
低ゴナドトロピン症の診断は、ホルモンレベルの測定や画像診断、遺伝子検査を通じて行われます。
- ホルモン検査
- ゴナドトロピン(FSH、LH):低ゴナドトロピン症では、血中のFSHとLHが低く、エストロゲン(女性)やテストステロン(男性)のレベルも低いことが確認されます。
- 遺伝子検査
- カリマン症候群やGnRH受容体の異常を疑う場合、KAL1やFGFR1などの遺伝子検査を行います。また、GnRH受容体(GNRHR)やPROKR2、CHD7などの遺伝子異常が確認されることがあります。
- 画像診断
- MRIやCTスキャンを用いて、視床下部や下垂体に腫瘍や異常がないか確認します。
4. 治療
低ゴナドトロピン症の治療は、主に不足している性ホルモンの補充と、生殖機能の回復を目的としています。
4.1 ホルモン補充療法(HRT)
- エストロゲンとプロゲステロンの補充療法が行われ、月経周期の回復や更年期症状の緩和、骨密度の維持を目的とします。
4.2 生殖補助療法
- ゴナドトロピン療法:ゴナドトロピン(FSHおよびLH)注射を用いて、性腺を刺激し、精子形成や卵胞発育を促す治療法です。特に不妊治療として使用され、排卵や精子形成の回復を目指します。
4.3 その他の治療
- 腫瘍の治療:下垂体腫瘍が原因である場合、腫瘍の手術や放射線治療が行われます。
- 心理的サポート:生殖機能の喪失や思春期の遅れによる精神的影響に対して、心理的サポートやカウンセリングが推奨されます。
まとめ
低ゴナドトロピン症(Hypogonadotropic Hypogonadism)は、視床下部や下垂体の異常によってゴナドトロピン(FSH、LH)が十分に分泌されず、性ホルモンの欠乏を引き起こす疾患です。主に、遺伝的要因としてカリマン症候群(KAL1、FGFR1遺伝子異常)やGnRH受容体の異常があり、後天的には腫瘍や慢性疾患、栄養不良も原因となります。治療はホルモン補充療法とゴナドトロピン療法が中心であり、症状の緩和と生殖機能の回復を目指します。