多発性卵巣嚢胞症とその関連遺伝子
この記事の概要
多発性卵巣嚢胞症(Polycystic Ovary Syndrome, PCOS)は、女性において最も一般的な内分泌疾患の一つで、卵巣に多発性の嚢胞が形成されることと関連するホルモンバランスの異常が特徴です。PCOSは、排卵障害、不妊、月経不順、男性ホルモン(アンドロゲン)の過剰分泌による症状(多毛症、にきび、脂性皮膚)、およびインスリン抵抗性を伴うことが多い疾患です。
1. 多発性卵巣嚢胞症(PCOS)の特徴と症状
PCOSは、排卵障害や高アンドロゲン血症(男性ホルモンの過剰分泌)、および多嚢胞性卵巣という3つの主要な症状が組み合わさることが多いですが、全てが必ずしも揃うわけではありません。
主な症状
- 月経不順
- 月経が不規則になる、または無月経(3か月以上の月経停止)となることが一般的です。排卵が正常に行われないため、月経周期に異常が生じます。
- 不妊
- 排卵障害のため、PCOSは不妊症の主要な原因の一つとされています。無排卵や稀発排卵(排卵が極めて少ない)により、自然妊娠が困難になります。
- 高アンドロゲン血症
- 男性ホルモン(アンドロゲン)の過剰分泌が見られるため、多毛症(顔や体に過剰な体毛)、にきび、脱毛などの症状が発生します。これらは、男性型の特徴を持つアンドロゲンの影響です。
- 多嚢胞性卵巣
- 超音波検査で、多数の未成熟な卵胞が卵巣に形成されているのが確認されます。これが「多嚢胞性卵巣」という特徴で、PCOSの名前の由来となっています。
- インスリン抵抗性と代謝障害
- 多くのPCOS患者は、インスリン抵抗性(血糖値を下げるインスリンが効きにくくなる状態)を抱えており、これが2型糖尿病や肥満のリスクを高めます。インスリン抵抗性は、PCOSの発症および進行に寄与する重要な要因です。
2. 原因とリスク因子
PCOSの正確な原因はまだ完全に解明されていませんが、遺伝的要因と環境的要因が複雑に関与していると考えられています。家族性の発症傾向があり、遺伝的要因が強く関与していることが示唆されています。また、インスリン抵抗性や肥満が発症リスクを高めることも知られています。
主なリスク因子
- 遺伝的要因:PCOSには遺伝的な要素があり、家族歴がある場合は発症リスクが高まります。母親や姉妹にPCOSの既往がある場合、発症の確率が上昇します。
- インスリン抵抗性:インスリン抵抗性は、PCOSの発症に深く関与しています。インスリン抵抗性により、インスリン分泌が増加し、それがアンドロゲンの過剰分泌を促進することが知られています。
- 肥満:肥満はPCOSのリスクを高める要因であり、特に内臓脂肪が増加するとインスリン抵抗性が悪化し、症状が重くなる可能性があります。
3. 多発性卵巣嚢胞症に関連する遺伝子
PCOSは多因子性疾患であり、複数の遺伝子が関連しているとされています。以下に、PCOSに関連することが報告されている主要な遺伝子を示します。
- DENND1A遺伝子
- DENND1A(DENNドメイン含有タンパク質1A)は、PCOSに関連する遺伝子の一つで、卵巣の発達やアンドロゲンの調節に関与しているとされています。この遺伝子の異常は、アンドロゲン過剰分泌や卵巣機能の異常を引き起こす可能性があります。
- FSHR遺伝子
- FSHR(卵胞刺激ホルモン受容体)遺伝子は、卵巣における卵胞刺激ホルモン(FSH)の受容体をコードする遺伝子です。この遺伝子の異常は、卵巣の発育異常や排卵障害に関連しています。FSHR遺伝子の変異は、FSHの効果が弱くなるため、卵巣の機能が低下します。
- THADA遺伝子
- THADA(Thyroid Adenoma Associated)遺伝子は、PCOSに関連することが報告されており、代謝機能やインスリン感受性に影響を与えると考えられています。この遺伝子の異常は、インスリン抵抗性を悪化させ、PCOSのリスクを高める可能性があります。
- INSR遺伝子
- INSR(インスリン受容体)遺伝子は、インスリンが細胞に作用するための受容体をコードしています。INSR遺伝子の異常は、インスリン感受性の低下に関与しており、PCOS患者にしばしば見られるインスリン抵抗性の発症に関わる可能性があります。
- LHCGR遺伝子
- LHCGR(黄体形成ホルモン/絨毛性ゴナドトロピン受容体)遺伝子は、黄体形成ホルモン(LH)や絨毛性ゴナドトロピンに対する反応に関与しています。LHCGR遺伝子の変異は、LHが過剰に反応する原因となり、アンドロゲンの過剰分泌を引き起こし、PCOSを悪化させることが考えられています。
- CYP11A1遺伝子
- CYP11A1(シトクロムP450 11A1)は、コレステロールからステロイドホルモンを生成する経路に関与する遺伝子です。CYP11A1遺伝子の異常により、アンドロゲンの過剰産生が引き起こされ、PCOSに関連する高アンドロゲン血症の原因となることがあります。
4. PCOSの診断
PCOSの診断は、通常以下の基準に基づいて行われます。これをロッテルダム基準と呼びます。
- 排卵障害:無月経、月経不順、または稀発排卵。
- 高アンドロゲン血症:血中アンドロゲン濃度の上昇、または多毛症やにきびなどのアンドロゲン過剰症状。
- 多嚢胞性卵巣:卵巣に多数の嚢胞(未熟な卵胞)があることを超音波検査で確認。
このうち2つ以上の基準を満たす場合、PCOSと診断されます。
5. PCOSの治療
PCOSの治療は、症状の緩和と長期的な健康リスク(不妊、糖尿病、心血管疾患など)の管理を目指します。治療には、ライフスタイルの改善、薬物療法、生殖補助医療(ART)など
が含まれます。
- ライフスタイルの改善
- 食事療法や運動による体重管理は、PCOSのインスリン抵抗性を改善し、ホルモンバランスを正常化するために非常に重要です。減量により、排卵機能が回復するケースもあります。
- 薬物療法
- 排卵誘発剤(クロミフェンなど):不妊治療として使用され、排卵を促進します。
- メトホルミン:インスリン抵抗性の改善を目的に使用され、排卵機能の回復に役立つことがあります。
- 経口避妊薬:ホルモンバランスを調整し、アンドロゲンの影響を抑えるために使用されることがあります。
- 生殖補助医療(ART)
- 排卵誘発剤が効果を示さない場合、体外受精(IVF)などの生殖補助技術が選択されることがあります。
まとめ
多発性卵巣嚢胞症(PCOS)は、排卵障害、高アンドロゲン血症、代謝異常を引き起こす疾患で、遺伝的要因やインスリン抵抗性が関与しています。DENND1A、FSHR、INSRなどの遺伝子が関連しており、遺伝的な素因を持つ患者ではPCOSの発症リスクが高まります。治療には、生活習慣の改善や薬物療法が重要で、インスリン抵抗性や肥満の管理が症状緩和に役立ちます。