甲状腺がん
RET遺伝子は、Rearranged during Transfectionの略で、受容体型チロシンキナーゼをコードする遺伝子です。RET遺伝子は、主に細胞増殖、分化、移動を調節し、特に神経系の発達や内分泌腺の機能において重要な役割を果たします。この遺伝子の異常は、さまざまな内分泌腫瘍やがんと関連しています。
RET遺伝子の役割
RETは、受容体型チロシンキナーゼとして働き、特定のリガンド(グリア細胞由来の神経栄養因子、GDNFファミリーなど)が結合すると、シグナル伝達経路が活性化されます。これにより、細胞の成長、分化、移動が促進され、特に神経系や腸、甲状腺などの発達に関与します。
RETシグナル伝達経路は、以下のプロセスに関与しています:
- 細胞の生存: 細胞がストレスにさらされたときに、RETはアポトーシス(細胞死)を抑制し、細胞の生存を助けます。
- 細胞の成長と分化: 細胞の適切な分裂と分化を促進し、特に神経系の発達において重要な役割を果たします。
- 血管新生: 血管の形成を助けることで、組織の成長と修復をサポートします。
RET遺伝子の変異と関連疾患
RET遺伝子の異常、特に活性化変異や再配置(転座)は、複数の腫瘍性疾患と関連しています。
1. 多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)
- 多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)は、RET遺伝子の活性化変異によって引き起こされる遺伝性疾患です。MEN2はさらに以下の2つのサブタイプに分類されます:
- MEN2A: 甲状腺髄様がん(MTC)、副腎髄質腫瘍(褐色細胞腫)、副甲状腺機能亢進症が発症します。
- MEN2B: MEN2Aと同様に甲状腺髄様がんと副腎腫瘍を発症しますが、神経腫や骨異常なども伴うことがあります。
- MEN2におけるRET遺伝子の役割: RET遺伝子の活性化変異は、細胞が制御不能に増殖し、腫瘍形成が起こる原因となります。この変異は、特に内分泌系の腫瘍、特に甲状腺髄様がん(MTC)に強く関連しています。
2. 甲状腺髄様がん(Medullary Thyroid Carcinoma, MTC)
- 甲状腺髄様がんは、RET遺伝子の変異が原因となるがんの一種で、甲状腺のC細胞から発生します。これらのC細胞はカルシトニンというホルモンを分泌する役割を担っています。
- 遺伝性MTC:MEN2の患者に見られるほか、遺伝性の家族性甲状腺髄様がん(FMTC)としても発症します。
- 孤発性MTC:RET遺伝子の変異がないケースもあり、この場合は非遺伝性で、孤発的に発症することがあります。
3. 肺がんとRET転座
- 非小細胞肺がん(NSCLC)の一部で、RET遺伝子が他の遺伝子と融合することによって形成されるRET融合遺伝子が原因となることがあります。これにより、細胞の異常増殖が促進され、がんが発生します。
- RET融合遺伝子は、非小細胞肺がんにおける治療標的として注目されています。
4. 神経堤由来の疾患
- ヒルシュスプルング病(Hirschsprung Disease)は、RET遺伝子の不活性化変異によって引き起こされる先天性の消化器疾患で、腸の一部に神経細胞が存在しないため、腸の運動機能に障害が生じます。
RET変異に対する治療法
RET遺伝子の変異や融合に基づく疾患に対して、近年いくつかの分子標的治療が開発されています。これらの薬剤は、RETの異常なシグナル伝達を阻害することによって、がん細胞の増殖を抑制します。
- RET阻害薬:セルペルカチニブ(Selpercatinib)やプラルセチニブ(Pralsetinib)などのRET阻害薬は、RET遺伝子変異や融合を持つ患者に対して有効であることが示されており、FDA(アメリカ食品医薬品局)によって承認されています。これらは特に甲状腺がんや肺がんの治療に用いられています。
まとめ
RET遺伝子は、細胞の成長と分化を制御する重要な役割を担っており、その異常はさまざまながんや疾患を引き起こします。特に、多発性内分泌腫瘍症2型(MEN2)や甲状腺髄様がん(MTC)、一部の肺がんと強く関連しています。RET阻害薬はこれらの疾患の治療に新たな希望をもたらしており、RET遺伝子変異に基づくがん治療において重要な治療法となっています。